仮置き場

ダラダラ書きます。

カセットテープ

母が脳梗塞になり、帰宅も叶わないとなってから、父は母の荷物の整理を始めた。

母は私物がとてもとても多い人である。

帰れないんだったら、もう遠慮も容赦もしなくてもいい。

四十年間くらい着ていない服や、老後の楽しみに観ると置いていたビデオテープを、まとめて燃えるゴミに出したところで、文句はもう一切出ない。

それに、父だって、何か単純作業をしていないと落ち着かないらしい。

妻がもうすぐホスピスに転院するというときだ。あまり眠れてもいないとのこと。

そんなわけで、父はせっせとゴミ袋を作っているようだ。

さっき電話したら、「カセットテープを聞きながら作業して、聞いたらそのカセットテープも捨てている」と父が言っていた。

何のことなのかと詳しく聞いたら、母が昔、ラジオに投稿していたときのカセットテープなのだという。

自分のラジオネームが呼ばれたら録音を始めて、自分の投稿が読まれるのをカセットテープに記録していたらしい。

そういえば、そんなことをしていたような。

母は自分ではそれを一度も聞き返したことなどなかっただろう。貯めていただけ。

もうこんな瀬戸際なので、それが良いとか悪いとかどうでもいい。

ただ、父が手持ち無沙汰にならなくて、それについては「良かったね」と思う。

 

ホスピスに移るのは明日。

それまでに容体が急変するかもしれないし、私もスマホを常に気にしている。

この前医師から直接話を聞いた感じだと、眠っている時間がどんどん多くなるらしく、その内に最後の時を迎えるのではないかと私は想像している。

痛みに苦しみ悶えながらではなさそうなので「良かった」。

実の母親がこんな状態なので、私の精神状態もよろしくはないのだが、夫も息子もいるので何とかなっている次第。

ただ、夫の母、つまり義母も体調は良くなく、これから代わりばんこに夫婦で互いをケアする必要があるのではと想定している。

人の営みから言うとありふれた光景だけど、当事者にとってはそうではないので、困るのである。

その辺りは妊娠出産と一緒だ。本人にとっては一大事だけど、哺乳類としては当然の行い。珍しいことなんかじゃない。

人の親が死ぬのもごく普通のことだ。

 

あの頃母が好きだったラジオ。実は私は嫌いだった。

カセットテープに録音されていた投稿の多くは、娘のネタだったはずだ。

私はとうに、そんなことを諦めていたから、自分のことを書かれることを咎めはしなかった。

そして、それらの記録が父によって抹消されていくことに、とても安堵している。